2022年9月19日 (月)

歴史の佇まい

法隆寺展が札幌の近代美術館で催されている。
国宝がかなりの数、展示され、地方での開催は極めて歓迎すべきイベントである。

あの佇まいと、今にも問いかけてくる全身の動きの峻烈さを、斑鳩では気が付かなかった。

斑鳩では、天武・持統天皇稜で2時間も周囲を見渡し、ただただ空間と歴史の流れを感じた。

 

中宮寺の半跏思惟像………

圧倒的な存在感と思索、自己模索、時を猛烈な勢いで問いかけてくる優しさと厳しさがそこに存在する。

 

天寿国繍帳………

歴史の勉強で、初めて美術的な資料と思って極めて思いをいれた。

 

もう少し続くこの美術館展示。

 

後、3回位はと思う………。

 

https://www.youtube.com/watch?v=SvhoDZXLt4g

[公式サイト]

北海道立近代美術館 特別展 国宝・法隆寺展
https://artmuseum.pref.hokkaido.lg.jp/knb/exhibition/program/83

2022年4月24日 (日)

山麓の歳月、血税

 藻岩の麓に住んで、あと数年で半世紀になる。その記憶は税理士として生きてきた歳月に重なる。

木の根開け、辛夷満開からの新緑、濃緑の藻岩山の移ろいをその年数だけ見てきた。

災害級の雪害は終わりを知らないのでは無いか!等と憤っている間に辛夷の芽吹きが。

とてつもない自然のサイクルに安心と驚異を感ずる。

大好きな6月中旬の山麓の風景を待ちわびている自分の心は、衰え始めているフィジカルを

どう認識するのか。

 

 幸いにして、この国に生まれて直接の戦争を身近に経験してこなかった。

ただ、とんでもない係争地に住んでいるという歴史観は大事にしたい。

いつ何時、何が起きるのか、その備えと意識の具体的充実性が急がれる。

この国があるのは、領土、国民、主権が存在するからであり、国がなくなれば国民もいない。

 

血税という言葉がよく使われる。

血を流すようにやっと稼いだものにも税金は無慈悲に取り立てる、と言うような意味で使われる。

 

血税、その本当の意味は、徴兵制・・・・・・つまり、命、血を持って国家に捧ぐということ。

どうでもいいようなちゃちな税制論議に簡単には使ってほしくない言葉である。

 

 

 

 

2022年4月 2日 (土)

守之先生と田酒を呑む。(偲び酒・・①)

今はもう影も形もない、大通公園8丁目近くの居酒屋のカウンター。

 あのクリっとした眼差しが喜んでいる。
「ここにはね、田酒があるんだ!」
  (なんで札幌のこんな小さな飲み屋にあることを??)
「田酒って、あの青森の?」
「そうなんだよ!!」
そんな会話から始まった田酒呑み。一体何度通っただろうか。

 3月には新橋の事務所も閉められると聞いた。
何とも忍びない気持ちから、そうだ、田酒で守之先生を偲ぼう、となる。
ただ、流石に普通の酒屋さんでは入手できない。通販だ、となった。
三ヶ月で合計四本購入。
沁み沁みと、呑んでみた。あの店に限らず先生との様々な思い出の場面が
弾ける様に通り過ぎては戻ってくる。

もう4月。事務所も閉められた。田酒は呑み尽くした(!)ので追加発注か?

 守之先生、お酒のテーマ、一回目はこんなものですか?
銘柄を問わないのなら、ある大学生協の日本酒を二人で呑み尽くしたことも
ありましたねぇ。生協のオバさんに向かって、
「金払うから、買ってこい!」

2022年3月 6日 (日)

運転免許、返納

今月2日、52年間持っていた運転免許証を返納した。

20歳になって直ぐ大学の春休み里帰り中に自動車学校の近くに布団を担いで

下宿の様な生活をしながら2週間程度で取得した思い出がある。

最初に親に買ってもらった車はカローラのスタンダード。

一切の飾りは省いたものだったが、とても納車を待ち望んでいたものの

何と船が火災で燃えてしまった。海上火災保険の商品価値を改めて実感したものだ。

 

乗り始めて2週間、何と覆面パトカーを追い越してしまった。

当時話題になっていたスポーツカータイプ。

お巡りさん「急いでいたの?」

「余りカッコが良いので前を見たくて・・・・」

やはりスピード違反は免除してくれなかった。

親にも言えず仕送りで反則金を払い、一ヶ月は近所の畑にできたキャベツを

貰って食べていたことが懐かしい。

それからは幾度となく反則金、罰金を負担し、裁判所呼び出し、免停も数回。

色々な思い出が出来たし、新婚旅行も車で行った。170キロのスピードも。

もう自分の運転では安全を担保出来ないとの自覚からの返納である。

 

ありがとう、運転免許証。

 

2022年2月 6日 (日)

春は来るが、その後に?

過酷な冬・・・・・・何故かその後に増税が?

2022年26日朝721分現在 -5C 積雪量106cm

本日はこれからまだ降り続く予定なので、一体今年はどこまで行くのか!

札幌の経済活動は常に積雪量との戦いであったが今年はコロナによりブレーキが掛かっており、

流石に無闇矢鱈に現在の知見を無視した緊急事態宣言等は出さない、筈である。

コロナ禍、オミクロン、幼児や小学生等子供達に広がる現状は保育園休園や学級閉鎖等、

親の社会生活にとてつもない被害と損失をもたらしている。

それは社会全体の経済活動への大打撃として生活への侵害が始まっている。

では、行政や立法者の現在の立ち位置は正しいのか?

過去2年間での頃な対策の知見、欧米各国や国内のオミクロン先進被害地区のピークアウトの

状況を全く無視した様な相変わらずの対応ぶり。

これでは、いわゆるコロナ後の社会経済活動をどうやって立て直し国民の生活を平常に戻すのか、

何も希望が持てない。

今年は新政権発足の直後であり、何もしないことへの安心期待値なのか意外と支持率が下がらない。

このまま参議院選挙に入り、失政が少ない(つまり何もしていないからだが)内閣が勝つと

3年近くは国政の大きな選挙は無い筈である。

 

その様なタイミング・・・ん・・過去の既視感・・・・増税の土台が出来上がる。

コロナ対策での大幅な金融緩和、財政出動の後に必ず沸き起こってくる

「財政規律」とか「財政再建」こそが急務である等のいつもの亡国論が手ぐすね引いて

この国を待っている。そしていつもの聞く耳とやらで、誰からどんな都合の良いことを聞くのか。

増税は特定官庁等の勝利案件、国民の死活案件である。租税の本質を忘れてはならない。

2022年1月 5日 (水)

懲りなく毎年の正月に思う。

毎年の繰り返し、飽きもせずに年末年始が過ぎていく。

あけましてお目出度うございます。

例年に比べ圧倒的に雪日和が多かった正月、記憶に残る年になりそうな予感がする。

他利は自利、と言う北大生の若者の新聞記事を読んだ。自利とは利他を言う、とどう異なるのか?

他利が先に???? 先も後もない???? 無とは????

やはり正月ならではの思考が繰り返されている自分を発見する。一体何年同じことをしているのか。

明らかに削がれていく体力に気力がどこまで喝を入れていられるのか、年々厳しい年明けではある。

緊縮財政、税制マンネリ論議が続いていることは危機感を覚える。この時代、平時の尤もらしい均衡論は過去の30年と同じ道を歩け!と

言うこと。

おっとー、凄いことを!!!!という思い切った税制改革議論の登場と現実化された世界に生きている社会、それが今年の初夢の世界だった。

そこには、消費税は・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2021年12月30日 (木)

もういくつ寝ると・・・・

2021年、あと2日残して過ぎようとしている。

多くの出会い、そしてそれ以上の様々な別れを閉じ込めながら。

日々の鮮明な記憶や出来事は2021年に起きた事、という括りで思い出となる。

繰り返されてきた1年の区切りとしての大晦日、正月を目の当たりに控えると、今年も居合わせたこと自体が不思議な縁である。

還暦からまた一回りする2022年。やろうとすること、しなければ、と思うことがあることに感謝しつつ、

身近のところでは、事務所内のアクリル板を何とか撤去出来れば!と願う。

 

特筆すべき税制改正もされず、使い古しの手法が繰り返される現状は劣化さへ感じる。

疫病克服後の期待される税制は過去の思考の延長からは生まれない。

そんな税制を初夢で見たいと思いながら・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2021年11月 3日 (水)

「守之節」(中央経済社)・・・上梓される。

 昨年ご逝去された山本守之先生最後のご著書が10月に上梓された。


守之節―税理士のワビ、サビ、洒落、そして作法

生前から出版準備がされていた矢先のご逝去であり、そのご意思はご長女の野口結花氏によって見事にひとあじもふたあじも趣を加えられ今回の「守之節 税理士のワビ、サビ、洒落、そして作法」と題された本書の内容については触れることは控えなければならない。

書店若しくはAmazonで是非とも購入をお勧めする。読後の感想として、ご夫妻とのご縁を頂いた者としてはお二人の出会い、ご結婚等生前に多少のお話を伺ってはいたものの、改めて当時のお写真を拝見しながら心に沁みる場面が多く、懐かしさを覚える。

ご家族の環境、税理士受験、ご結婚、数え切れないご著書、論文そして毎年改定される租税法を基礎とする体系大著、また連年欧州歴訪による税の探求など、生前の守之先生ご夫妻のお忙しい日々、お二人の仲睦まじい愛情の有りようを彷彿とさせる良著をものにされた野口氏のご努力に感謝申し上げたい。

間もなく一周忌を迎える。

2021年10月 9日 (土)

36時間研修を振り返る。

 令和3年度の36時間努力義務研修、早くも最低時間数に到達した。これはウェブ配信が定着した事もあるのだろうと思われる。

さて、この36時間である。

平成13年税理士法改正、同14年施行で努力義務研修が明記された。

当時は北海道会の指導研修部長であり、日税連の研修部副部長の役職に就いていた。

日税連として何時間を必要時間とするのか、どの様な規定ぶりにするべきなのか、担当副部長としてその原案まとめを担当することになった。

規定等は後からでも何とでもなる、先ず決めるべきは努力義務とは云え、受講しなければならない時間数の設定、カウント対象となる研修の範囲を定めなければならない。

そして、その時間をクリアできるような研修の提供体制を維持出来るのかということが課題であった。

先ずは可能性を確認しようと、月5時間年間60時間と提案してみた。案の定猛烈な否定と抵抗に遭った。特に会務に奔走している役員にはそんな時間など取れる訳が無い!無理だ!とのこと。

確かにそれらも一理あることは自分も役員をしていて同意出来ることではあった。

 

 また、大都市圏では会員全員を対象とする研修など場所も無いし、非現実的だ!との至極最もな意見が多かった。東京ドームで開催しようか、等と自棄気味な提案もされたことがある。

現在とは通信環境が全く異なるので、当時はCS放送を試すことにもしたが結局はコスパ等の問題をクリアは出来なかった。

特定の会務に就いている役員はその会務時間もカウントせよ、との声も強かった。しかし、それはそのままでは受け入れ難いと思われた。対象とする会務区分の歯止めが効かなくなる可能性があると判断した。

それから実に様々な経過と時間を要した。この問題だけで20回位は東京にしかも短期間に動き回った。研修部長が札幌まで出張して打ち合わせをしたりもした。

何度もの押し問答的な会務執行をしている内に、いよいよ各種研修規則等を決議しなければ間に合わないという時期になった。当然、時間を特定しなければならない。

そこで、割り切った。 何故、36時間との提案をしたのか。

  • 公認会計士協会は義務研修として、厳格な研修40時間を規定し、実施している。

   そこでは一部レポート提出も可能なケースがある。

   税理士法は努力義務研修であり、法的に厳格な義務化は不可能であるから、その1割減

   つまり36時間はどうか。但しそこではレポートは認めない。(審査出来ない)

  • 月3時間、専門家である税理士はその程度の自己研鑽を当然に行っていると思われ、その時間を研修としてカウント出来る様な研修提供態勢が出来れば達成可能と考えた。

 やはりそこからも36時間が説明出来るのでは、と落とし所の最低ラインとした。

 

 その後、当初の規定振りは大幅に変更され、対象とする研修の内容、配信方法は時代と共に大きく変わってきて現在に至るが、時間数は当初の36時間が現在も維持されている。

 

 当初原案作成に些かでも関わって来た者としては感慨深い。

租税、税務実務の専門家としては何としても毎年クリアしなければならないのだろう。

2021年9月 6日 (月)

9月6日・・・思い出の連鎖

今日は9月6日、過去に例を見ない猛暑の勢いも流石に峠を越した様な空である。

2018年、3年前のこの日は大混乱の日々が始まる初日であった。

胆振東部震源のあの地震、そして夜からの本格的なブラックアウトの始まり。

火力のみ、一電源にあまりにも依存するライフラインの脆さに愕然とした。

1923年(大正12年)9月1日、あの関東大震災が死者行方不明約10万5千人。

9月は何かと大地が揺れる。

身近な防災意識とリスクが明日にも来るかも知れないとの前提で準備が必要だ。

 今、手元には中央経済社発行の雑誌。「税務弘報」10月号があり表紙に私の名がある。

昨年逝去された山本守之先生を偲ぶリレーコラム、私の出稿した号である。>>目次

守之先生との思い出は数多く、このブログでも何度か書いてきた。

 

 

改めて雑誌掲載を機会にこのブログでも随時思い出を書いてゆきたいと思う。

 

もう一つの9月6日。

1960年、当時10歳の私が親元を離れて札幌のある医療系施設に入所した日でもある。

ザ・ピーナッツの「情熱の花」が流行している時期、親とテレビ塔、当時の

ステーションデパートの地下でお寿司を食べてから親離れの生活を始めた。

この日から、今の私自身の形成がスタートしたと言える。

何かとこの時期になると思い出されるのは・・・・・歳のせいか・・・・・・・

 

 

 

 

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