2023年6月15日 (木)

租税法とQRコード

明治学院大学法学部教授の渡辺充先生から新著をいただいた。

「どこでも租税法」税務経理協会(amazon)

何と、各所にQRコードがあり、読み込むと動画での御本人の解説が始まる!

これではもう教室に行くことが本当に無くなってしまうのだろう。

実際に渡辺先生は殆ど講義を持たないようである。

コロナによるリモートで環境がすっかり変わってしまい、更にこの書籍の様な

QRの活用と生成AIの組み合わせで確実に変化のスピードは加速されている。

 

渡辺先生とは、小樽短期女子大の教授をされていた頃からの付き合いなので

出会いは平成の一桁の頃に遡る。

当時、北海道税理士会の有志による判例研究会でご指導を得る機会があり、

そのことが私自身の初めての書籍出版に至る節目ともなった。

以来、合同ゼミや研究会、学会、講演等でお目にかかることになり、確か

札幌ファクトリーでジンギスカンをしたことを覚えている。

 

すっかり東京人となったと思っていたが、この書籍のお便りでは来年には

定年を前に札幌に拠点を移されるとのことである。

また楽しい酒席を持つことが出来ると思うと楽しみである。

 

それにしても、QR付きの租税法の書籍とは・・・・・・・・・・・

 

2023年1月 6日 (金)

故 吉見 宏 先生の訃報に・・・・・

 本日1月6日 朝刊にて 吉見宏先生のご逝去を知り、愕然とする思いであった。

北大副学長の肩書での紹介記事ではあるが、過去からの先生とのお付き合いを通しては

公会計、監査などのご専門分野での接触も若干はあるものの、交通、運輸政策、世界の

観光交通など、幅広く博識に触れることが圧倒的に多かった。

「先生の専門は交通運輸学とでも言うんですかねぇ?」と言うと、苦笑されて、

「あちこちでそう言われることが多くてね(笑)」とまんざらでもない様だった。

 

吉見先生とは、某運輸関係の官庁の入札監視委員会等の担当委員に任命されており、

10年近くご一緒して担当事務以外にも多くの専門知識とプランを拝聴するという

幸運に恵まれた。

 

テレビなどへの出演や社会への関わり合いがとても多い大学人として知られた

吉見先生であるが、なんと享年61歳、療養中であったということは驚く同時に

余りも、余りにも早すぎる夭逝であり、理不尽さ、怒りさへおぼえる。

 

吉見先生・・・・公会計と交通を体系的にまとめ上げて頂きたい、と一度お願いした

ことがありましたね。御多忙さを理由に笑っておられましたね。

どうか、どうかごゆっくりとお休みください。

                              合  掌

2022年12月30日 (金)

六度目の寅年が過ぎる

間もなく終わる今年、寅年生まれで6度目の寅年であった。

還暦は「何の、まだ若いわい!」の気概であったように思う。

それからの12年は体力、体調の変化を実感しながら過ぎていった様に感じてしまう。

昨年暮れは心臓で、今年の暮は大腸で入院生活を余儀なくされてしまった。

否応なく、今まで通りの習慣は成り立たない。 肝に銘ずべき節目の寅年であった。

 

今年は母が逝き、同期の友人や、ん?何であの人が?と思う様な方々も見送ることに。

生 老 病 死 の四苦からは逃れられないことを例年以上に思い知らされた。

 

出来うるならば、7度目の寅年を振り返ることが出来る様に、そして

七転び八起き、いや 七転八倒・・・・・・   いずれの12年になるか、

先ずは2023年、令和5年の卯年新年に託そう。

2022年9月19日 (月)

歴史の佇まい

法隆寺展が札幌の近代美術館で催されている。
国宝がかなりの数、展示され、地方での開催は極めて歓迎すべきイベントである。

あの佇まいと、今にも問いかけてくる全身の動きの峻烈さを、斑鳩では気が付かなかった。

斑鳩では、天武・持統天皇稜で2時間も周囲を見渡し、ただただ空間と歴史の流れを感じた。

 

中宮寺の半跏思惟像………

圧倒的な存在感と思索、自己模索、時を猛烈な勢いで問いかけてくる優しさと厳しさがそこに存在する。

 

天寿国繍帳………

歴史の勉強で、初めて美術的な資料と思って極めて思いをいれた。

 

もう少し続くこの美術館展示。

 

後、3回位はと思う………。

 

https://www.youtube.com/watch?v=SvhoDZXLt4g

[公式サイト]

北海道立近代美術館 特別展 国宝・法隆寺展
https://artmuseum.pref.hokkaido.lg.jp/knb/exhibition/program/83

2022年4月24日 (日)

山麓の歳月、血税

 藻岩の麓に住んで、あと数年で半世紀になる。その記憶は税理士として生きてきた歳月に重なる。

木の根開け、辛夷満開からの新緑、濃緑の藻岩山の移ろいをその年数だけ見てきた。

災害級の雪害は終わりを知らないのでは無いか!等と憤っている間に辛夷の芽吹きが。

とてつもない自然のサイクルに安心と驚異を感ずる。

大好きな6月中旬の山麓の風景を待ちわびている自分の心は、衰え始めているフィジカルを

どう認識するのか。

 

 幸いにして、この国に生まれて直接の戦争を身近に経験してこなかった。

ただ、とんでもない係争地に住んでいるという歴史観は大事にしたい。

いつ何時、何が起きるのか、その備えと意識の具体的充実性が急がれる。

この国があるのは、領土、国民、主権が存在するからであり、国がなくなれば国民もいない。

 

血税という言葉がよく使われる。

血を流すようにやっと稼いだものにも税金は無慈悲に取り立てる、と言うような意味で使われる。

 

血税、その本当の意味は、徴兵制・・・・・・つまり、命、血を持って国家に捧ぐということ。

どうでもいいようなちゃちな税制論議に簡単には使ってほしくない言葉である。

 

 

 

 

2022年4月 2日 (土)

守之先生と田酒を呑む。(偲び酒・・①)

今はもう影も形もない、大通公園8丁目近くの居酒屋のカウンター。

 あのクリっとした眼差しが喜んでいる。
「ここにはね、田酒があるんだ!」
  (なんで札幌のこんな小さな飲み屋にあることを??)
「田酒って、あの青森の?」
「そうなんだよ!!」
そんな会話から始まった田酒呑み。一体何度通っただろうか。

 3月には新橋の事務所も閉められると聞いた。
何とも忍びない気持ちから、そうだ、田酒で守之先生を偲ぼう、となる。
ただ、流石に普通の酒屋さんでは入手できない。通販だ、となった。
三ヶ月で合計四本購入。
沁み沁みと、呑んでみた。あの店に限らず先生との様々な思い出の場面が
弾ける様に通り過ぎては戻ってくる。

もう4月。事務所も閉められた。田酒は呑み尽くした(!)ので追加発注か?

 守之先生、お酒のテーマ、一回目はこんなものですか?
銘柄を問わないのなら、ある大学生協の日本酒を二人で呑み尽くしたことも
ありましたねぇ。生協のオバさんに向かって、
「金払うから、買ってこい!」

2022年3月 6日 (日)

運転免許、返納

今月2日、52年間持っていた運転免許証を返納した。

20歳になって直ぐ大学の春休み里帰り中に自動車学校の近くに布団を担いで

下宿の様な生活をしながら2週間程度で取得した思い出がある。

最初に親に買ってもらった車はカローラのスタンダード。

一切の飾りは省いたものだったが、とても納車を待ち望んでいたものの

何と船が火災で燃えてしまった。海上火災保険の商品価値を改めて実感したものだ。

 

乗り始めて2週間、何と覆面パトカーを追い越してしまった。

当時話題になっていたスポーツカータイプ。

お巡りさん「急いでいたの?」

「余りカッコが良いので前を見たくて・・・・」

やはりスピード違反は免除してくれなかった。

親にも言えず仕送りで反則金を払い、一ヶ月は近所の畑にできたキャベツを

貰って食べていたことが懐かしい。

それからは幾度となく反則金、罰金を負担し、裁判所呼び出し、免停も数回。

色々な思い出が出来たし、新婚旅行も車で行った。170キロのスピードも。

もう自分の運転では安全を担保出来ないとの自覚からの返納である。

 

ありがとう、運転免許証。

 

2022年2月 6日 (日)

春は来るが、その後に?

過酷な冬・・・・・・何故かその後に増税が?

2022年26日朝721分現在 -5C 積雪量106cm

本日はこれからまだ降り続く予定なので、一体今年はどこまで行くのか!

札幌の経済活動は常に積雪量との戦いであったが今年はコロナによりブレーキが掛かっており、

流石に無闇矢鱈に現在の知見を無視した緊急事態宣言等は出さない、筈である。

コロナ禍、オミクロン、幼児や小学生等子供達に広がる現状は保育園休園や学級閉鎖等、

親の社会生活にとてつもない被害と損失をもたらしている。

それは社会全体の経済活動への大打撃として生活への侵害が始まっている。

では、行政や立法者の現在の立ち位置は正しいのか?

過去2年間での頃な対策の知見、欧米各国や国内のオミクロン先進被害地区のピークアウトの

状況を全く無視した様な相変わらずの対応ぶり。

これでは、いわゆるコロナ後の社会経済活動をどうやって立て直し国民の生活を平常に戻すのか、

何も希望が持てない。

今年は新政権発足の直後であり、何もしないことへの安心期待値なのか意外と支持率が下がらない。

このまま参議院選挙に入り、失政が少ない(つまり何もしていないからだが)内閣が勝つと

3年近くは国政の大きな選挙は無い筈である。

 

その様なタイミング・・・ん・・過去の既視感・・・・増税の土台が出来上がる。

コロナ対策での大幅な金融緩和、財政出動の後に必ず沸き起こってくる

「財政規律」とか「財政再建」こそが急務である等のいつもの亡国論が手ぐすね引いて

この国を待っている。そしていつもの聞く耳とやらで、誰からどんな都合の良いことを聞くのか。

増税は特定官庁等の勝利案件、国民の死活案件である。租税の本質を忘れてはならない。

2022年1月 5日 (水)

懲りなく毎年の正月に思う。

毎年の繰り返し、飽きもせずに年末年始が過ぎていく。

あけましてお目出度うございます。

例年に比べ圧倒的に雪日和が多かった正月、記憶に残る年になりそうな予感がする。

他利は自利、と言う北大生の若者の新聞記事を読んだ。自利とは利他を言う、とどう異なるのか?

他利が先に???? 先も後もない???? 無とは????

やはり正月ならではの思考が繰り返されている自分を発見する。一体何年同じことをしているのか。

明らかに削がれていく体力に気力がどこまで喝を入れていられるのか、年々厳しい年明けではある。

緊縮財政、税制マンネリ論議が続いていることは危機感を覚える。この時代、平時の尤もらしい均衡論は過去の30年と同じ道を歩け!と

言うこと。

おっとー、凄いことを!!!!という思い切った税制改革議論の登場と現実化された世界に生きている社会、それが今年の初夢の世界だった。

そこには、消費税は・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2021年12月30日 (木)

もういくつ寝ると・・・・

2021年、あと2日残して過ぎようとしている。

多くの出会い、そしてそれ以上の様々な別れを閉じ込めながら。

日々の鮮明な記憶や出来事は2021年に起きた事、という括りで思い出となる。

繰り返されてきた1年の区切りとしての大晦日、正月を目の当たりに控えると、今年も居合わせたこと自体が不思議な縁である。

還暦からまた一回りする2022年。やろうとすること、しなければ、と思うことがあることに感謝しつつ、

身近のところでは、事務所内のアクリル板を何とか撤去出来れば!と願う。

 

特筆すべき税制改正もされず、使い古しの手法が繰り返される現状は劣化さへ感じる。

疫病克服後の期待される税制は過去の思考の延長からは生まれない。

そんな税制を初夢で見たいと思いながら・・・・・・・・・・・・・・・・・・

«「守之節」(中央経済社)・・・上梓される。