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2008年1月26日 (土)

税・2題

武富士事件で2審ではやはり逆転判決。予想していたものの、いったい行政裁判はいつになったらすっきりと納税者が理解できる判断を下せるのか。納税義務者規定の濫用による租税回避的行為がこれからの社会、ますます増えてくる。形式的、あまりに形式的日数規定などを温存しているから、実に実態社会の動きに対応できないまま放置していることは、立法府の不作為責任と思える。

また、事実関係は変わらないのに裁判官の心証(形成させるのは課税庁の主張か?)で正反対の結論を導出される制度上の問題も見逃すことはできない。司法改革は合格者を多く出すことだけではなかったはずで、単なる規制改革の単純な機会均等とか、何でもあり、の姿勢を優先させていくと、格差と称される現状や人間の尊厳を二の次にする肌寒い社会を一層際だたせることにしかならない。

社会と生きている人間、制度にとって余計なお世話を規制改革はしてはならない。

 アメリカが急遽16兆円も戻し減税を実施する。それだけ経済減速の危機感と実態があるのだろうが、実に動きが速いし、納税義務者へ小切手で戻す、という消費行動への実効性を考慮した方法で行う、ことに未だやはりアメリカ衰えず、の感がある。

翻って、我が国では「暫定税率」という名前で数十年も続く道路財源各税の加算税率を巡り国会がほぼ遊んでいる。かたや、昨年廃止された所得税の「恒久的定率減税」がある。とても同じ日本人が使っている日本語とは思えない。

こんな感覚で国会が租税を法律化できるわけがなく、そろばん(今は違うだろうが)勘定だけで辻褄合わせをする官僚租税主義が、あるべき言葉の使い方、租税の理念、納税者の公平感、課税要件の明確さを全く無視しているのが日本の実態である。実に情けない限りで、これでは国外脱出組が増えるのも無理はない。

 柔軟性と猫の目、自由と放任を間違えてはいけない。司法への信頼性もいくら裁判員制度などを導入したしても画餅のまま、また別な方法に転換せざるを得ないだろう。

日本の、日本人が、多くの異なる世界の価値観をこの国土に受け入れる道は、放任された自由と称される機会優先の間違いを是正し、責任と義務の明確化を行政、司法の世界でも一貫することだ。コンプライアンス不況という言葉がやっとマスコミ等でも使われてきた。実は国民の大多数は実感していたことだろう。

税の世界、タックスコンプライアンスは法律である以上当然であるが、八百万の神々とともに暮らしてきた日本社会では、このままアメリカ受け売りのコンプライアンスの価値観は定着しないし、すべての面で硬直化と萎縮が進行するだけだ。

 規制改革など自分には無関係か、自己利益につながる委員たちが勝手に議論して、実態を知らずしてそのまま法的措置されるということが、この国を地図のない社会にしていることを気づくべきだ。

 第一次規制改革で今の社会が生まれた。同じ道をまた歩かせるのか。不易流行、今こそこの意味を実践するべきときだ。

そして、税は社会を維持する基本である。政治の遊び道具にしてはならない。

 

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